[2020年9月24日 更新]
〜〜 文 芸 コ ー ナ ー 〜〜
川柳 俳句 短歌
《時事 川柳コーナー》
2020/9
高野 政江
ゴミ箱に 妻の不満が 捨ててある
塚元 庸介
給付金 供えるつもり 羽がはえ
《逝きし人をしのんで》
2019/10
磯俣 睦子
年末の 集いに参加 ハーモニカ
吹かれし人の 明けて急逝
ひと月の 先に逝かれし 奥様の
あと追う如く 旅立たれたり
《何気ない風情》
高野 政江
ご馳走の上でメジロが歌い出す
桜さくら幸せ色の散歩道
パスポートなしに黄砂がやってくる
みーつけた樋に隠れていたゴーヤ
ソバ枕うら返しても熱帯夜
トイレの窓からチンチロ秋の使者
虫の音に踏み込んでいく万歩計
復興の祈りを灯すルミナリエ
入浴剤今夜はどこの湯につかろ
半額のしめ飾りにも初日の出
『マンションやもめ生活』
堀口
目覚めれば時間と気温確かめる
朝食はホットコーヒーパンバナナ
救急車のサイレンだけがよく聞こえ
治療室予約を受けて温める
ひと枝の枇杷においたつ治療室
点字本寝床に入れる空き時間
差し入れはたこ焼きクッキークリームパン
一日の緊張ゆるむ夕餉かな
海山の幸を加えて七味ふる
独酌はラジオ聴きつつ時間かけ
夕食後洗濯物を部屋に干す
『激変の堀口家』
堀口
がん告知妻に厳しい五月闇
三度目の腰椎骨折同じ日に
盲老の介護生活限界に
緊急の入院を機にホーム入り
突然のくらしの変化とまどいも
日数へてそれぞれ馴染む暮らしぶり
ホームまで一人行き来の白い杖
見守りも声かけも受け白い杖
扇野 義久
2016年
俳句 抽選会鐘鳴り響く師走空
籐椅子に親子くつろぐ風呂上り
ゆったりと送り火照らす古都の夜
短歌 爽やかに席を譲られ感謝して
周りとけ込む白杖の僕
抗がん剤へ命を託す虚しさに
不安がよぎる明日への希望
闇の中ガンと闘う苦しみに
我を励ます文芸の道
川柳 自治会の担い手なくて困る春
川柳ノートより
ひと振りに心が騒ぐスイカ割り
プール開き児童の声が風に乗り
宝くじ夢の数字が揃いだす
さり気なくプラス思考にする会話
もしもしの後が続かぬ話ベタ
爆買いに燃えるチャイナに息をのむ
豪華列車火の国を行く秋の旅
戦勝を土俵に刻む綱の夢
窓開けてセミに挨拶交わす朝
錆びてくる身体いたわるストレッチ
朝寝坊冷めたコーヒー一人飲む
自動ドア開くと真夏の顔になる
連休の長さに耐えぬ空財布
さり気なくストロー二本膝合わせ
コンビニの味に染まって一人鍋
片言に手振り身振りのパスポート
サラサラとページをめくる秋の風
虚しさが頭に残るがん告知
磯俣 睦子
片言で買いしウィーンのさくらんぼ
「はやぶさ2」師走の地球飛び立ちぬ
万緑の地球へ無事に人もどる
子ら集い水無月晦日母偲ぶ
夏闌(た)けて視力坂道ころげ落ち
水無月や母生まれ月逝きし月
短日や急(せ)かせて帰す妹ら
萩尾 節子
短歌 春風にスカートなびかせ図書館へ
はずむ心で朗読を聞く
南向き窓辺におきしアマリリス
蕾あまたに盛りあがり咲く
俳句 陽だまりに鳩群れており春の駅
この夏も災害おおき羊年
川柳 深い井戸スイカ冷やして食べた夏
枝を切り明るさ増しぬ秋の庭
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エッセイ
>「しっかりおぼえましょう」
高野政江
家のリフォームをするために片付けに追われている時です。「下敷きに打った点字が出てきたよ」との娘の声。「どれどれ」と言いながら触ってみると、それは主人が私のために作ってくれた点字教材の下敷きでした。とたんにその頃のことが昨日のことのように蘇ってきました。
平成6年も押し迫った12月、市内の福祉センターで中途失明者に向けての点字講座があると聞き、日々見えにくくなっていくことへの不安を感じていた私は、思い切って受講しました。講師は元盲学校の全盲の先生で、落語が大好きな気さくな方でした。
ユーモアたっぷりの楽しい講座が始まりましたが、「私にも手紙が書けるんだ!」と希望の光が差し込んだのも束の間、触っても触ってもその字が読めないもどかしさ。
たった1行の文なのに、1時間を経過して読めたのは「いぬも あるけば」でした。
とっさに私は「読めました!」と叫んで、「いぬも あるけば ぼーに あたる」と、さも読んだつもりで答えました。
「おいおい高野さん、ほんまにそう書いてあったかな?」と先生の声が笑っています。
一つ一つの文字がやっと読め、悪戦苦闘の末についに文章がつながりました。
なんとそこには「いぬも あるけば くたびれる」と書いてあったのです。てっきりことわざが書いてあると思っていた私の頭は真っ白になり、2つ目は何が書いてあるのだろうかと溜息が出ました。運が悪いというか、その日の生徒は私だけ、風邪で休んだ人たちがうらめしく、その場から逃げて帰りたい気持ちでした。複数の目がじっと私の手元に集中しているのを感じて、ますます焦る指先の下には汗で濡れた点字がつぶれています。
結局2つ目は「はなより ぷりん」で、2時間かけて読めたのはこの2行だけでした。
「こんな辛気臭い点字、もう やーめた!」。恥ずかしさと情けなさ、やりきれなさも加わって、家に帰った私は点字が覚えられない言い訳をあれこれと並べ立て、点字を辞めたいと主人に泣きつきました。
それまで黙って聞いていた主人が「お前は点字を始めたばかりの初心者やないか、1年生になったばかりの者が6年生の成績をもらおうとしてもそれは無理なことや。焦らんとぼちぼち頑張りや」と言ったのです。
それから数日して主人から渡された2枚の下敷き、その硬い下敷きにはどうやって作ったのか、びっしりと点字が打ってあったのです。
50音から始まって数字まで、何時間もかかってやっと読み終えた最後の行には「しっかり覚えましょう」とのメッセージが書いてありました。
点字のことを何も知らないはずの主人が いつの間にと驚く私、「硬いので指が痛かったよ」と言いながら笑っていた主人。
あの日からもう20数年が経ちました。
あかんたれだった私が、学校での講演や点字教室のお手伝いにも行かせていただくようになり、中途失明の方に寄り添いたいと仲間たちと点字サークルを立ち上げました。
「点字は私の生きがいです」と話す友、出会った時の暗かった友の顔に素敵な笑顔が戻っていました。この笑顔の輪を広げていきたい、楽しい仲間づくりのお手伝いをさせていただきたい、それが私を支え続けてくれる家族や周りの方々への恩返しであり、全盲でありながらも神戸から通い続けてくださった亡き先生への恩返しになると信じています。
私の第二の人生、その始まりはあの時主人からもらった2枚の下敷きの点字教材なのです。
「しっかりおぼえましょう」の無言のメッセージが困難から逃げない強さと勇気をくれました。
片付けの手を止めて思い出にふけっている私の指に、爽やかな初夏の風が触れていきました。
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